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2018.06.13

真瀬樹里さんに聞く! 今も胸に刻まれる母・野際陽子さんから娘への言葉 後編

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真瀬樹里さんに聞く! 今も胸に刻まれる母・野際陽子さんから娘への言葉 後編

恋の悩みも仕事の悩みも、支えてくれたのは母の言葉

幼いころから役者の仕事をしたいと強く願う真瀬さんと、子役の活動をけっして許さなかった母・野際陽子さん。本人たちにしか分からない母娘間の葛藤がありながらも、真瀬さんは高校卒業後、大学在学中に役者デビュー。
見事に夢を叶え、着実にキャリアを重ねる姿が素敵だけれど、役者としての活動を支えていたのも、恋する女性としての真瀬さんを支えていたのも、お母さんの言葉だったみたい。後編では、野際さんから娘である真瀬さんに贈られた、その“大切な言葉”に迫るわよ!

今月のお客さん
女優

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真瀬樹里さん

1994年に映画「シュート!」でデビュー。2004年にはクエンティン・タランティーノ監督の映画「キル・ビルVOL.1」に出演し、殺陣指導も行うなど映画界のアクションシーンに貢献。その後もテレビドラマ・映画・演劇などで活躍し、2017年10月にスタートしたテレビ朝日帯ドラマ劇場「トットちゃん!」では、母である野際陽子さん役として出演。野際陽子さんの生涯と素顔を綴った著書『母、野際陽子 81年のシナリオ』(朝日新聞出版)を出版。

https://twitter.com/jurimanase
お母さん

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真瀬さんの本を読んで印象的だったのが、野際さんとの“恋バナ”。私もいつか娘と恋愛話をしてみたいのよ! 野際さんに恋の相談をもちかけることもあったの?

「相談と言うより、お互いの恋愛を打ち明けるという感覚でしたね。私も恋人ができれば母に伝えていましたし、母も過去の恋愛の話をたくさんしてくれました。母の話はかなりオープンで、中には私のほうが恥ずかしくなるくらい、際どい話もありました(笑)」

お母さん

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ええ〜、話の内容が気になってしまうわ!(笑)。それだけ包み隠さず話してくれたなら、お母さんから恋愛のアドバイスをもらうこともあったんじゃない?

「今でも私の恋の指針になっているのが、母の言葉です。私は少年隊の植草克秀さんのファンで、夢中になっていた時期がありました。そして、役者一家で育っているものだから、普通に憧れのご本人とお会いできてしまう。当時の私は本気でした(笑)。それなのに、植草さんは人気絶頂期にご結婚されて、完全なる失恋を経験しました(苦笑)。周囲の人は『本気だったの?』とあきれ顔でしたが、あの厳しい母だけが、私の気持ちを理解してくれました。そのときに言ってくれたのが、『好きだったんだよね。でもね、本気で好きなら、その人の幸せを願えるようになりなさい』という言葉。それから失恋するたびにこの言葉を思い返し、前を向いています」

お母さん

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失恋の辛さを優しく包みながらも、次への背中を押してくれる言葉ね。私もいつか娘に言ってあげたいわ! あとね、野際さんは美容や健康オタクという話も意外だったの。家庭でもいろいろ実践していたのかしら?

真瀬樹里さん

「基礎化粧品の類いは、とにかくベタベタになるまで塗るのが母のモットーでした。若い頃は『そんなに塗って』と思っていたのが、今では母と同じことをしています(笑)。家にいるときは、眉間にテープを貼ってシワを伸ばしたりしていたり」

お母さん

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とても大胆な美容法ね(笑)。それにしても、母娘って本当に不思議よねぇ。私自身も「母には似ていない!」なんて思っていたのが、年齢を重ねるにつれて似てくるの。うちの子もだんだん似てくるのかしら……。真瀬さんがドラマ『トットちゃん!』で演じた野際陽子さん役も、本当にそっくりだったわよ!

「そう言っていただけると、役者冥利に尽きます。母を演じるなんて想像もしていませんでしたが、演じてみるとやっぱり母娘だなぁと。『このとき、母はこう考えていたに違いない』と、役作りに悩むことなく、母の考えと行動が浮かびました。特に、NHKのアナウンサー時代や、NHKを退局するときを演じたときは、自然と『フランスに行きたい』という思いを心に留めていましたね。母はフランスに憧れ、渡航費を得るためにアナウンサーになった人でしたから」

お母さん

お母さん

『トットちゃん』が収録されてからも、野際さんが亡くなられてからも、もうすぐ1年が経つわね。この1年を経て、「こんな親孝行をすればよかった」と思うことってある?

「後悔とは少し違いますが、母はすごく旅が好きな人だったので、もっと一緒に旅行に行けば良かったとは思います。何度も旅行に誘ってくれていたのに、私と母が大人としてわかり合えたのが、私が30歳を過ぎ、母が70歳を過ぎてから。それまでは『母と一緒だと気を遣うし』と、旅行に行くのも避けていました」

お母さん

お母さん

母と娘って、誰よりも近しい存在だからこそ、難しい間柄よね。私もいまだに、母の前では素直になれないの(笑)。

真瀬樹里さん

「家庭ごとにそれぞれの関係性があるから、難しいですよね。私の場合は、母の厳しさと忙しさから甘えることができず、30歳を過ぎて分かり合えて以降は、完全に子ども返りしたような状態でした。『もう少し早く甘えていれば』という思いもありますが、私と母には時間が必要だったとも思います。それにうちは長寿の家系なので、母がまさかこんなに早く逝くなんて、思ってもいませんでしたから」

お母さん

お母さん

野際さんは、亡くなるまでずっと第一線で活躍されていたものね。いわゆる余生がなく、女優として輝き続けた中で逝去されたというイメージなの。

「だからこそ、『あと10年あれば、余生の時間をふたりで過ごせたのに』とも思いますが、やはり後悔とは違います。これも母がよく言っていた言葉ですが、役者の仕事は“運とタイミング”。ドラマ『ずっとあなたが好きだった』で演じた冬彦ママのヒットがなければ、もっと余裕のある毎日だったと思いますが、あのブレイクのおかげで、母は最期まで多忙な役者人生を送れました。私が仕事で思うようにいかなくて悩んでいるときも、『いつ何が起きるか分からないのが役者の仕事。だから続けなさい』と言ってくれていましたね。この言葉は、今でも私の胸に刻まれています」

お母さん

お母さん

その言葉も役者という仕事に関わらず、背中を押してくれるひと言ね! 私も娘が大人になって悩んだときに、そう言ってあげられる母親を目指さなくちゃ。野際さんと真瀬さん、私と娘。環境はまるで違うけれど、どんな家庭にも悩みと葛藤があり、そして互いに大切な存在と思えるようになると知って、安心させてもらったわ。真瀬さん、貴重なお話をどうもありがとう!

【後編のまとめ】

真瀬さんが母・野際さんとまっすぐに向き合えたのは、真瀬さんが30歳を過ぎてから。それでも要所要所で、野際さんの言葉が指針になり、真瀬さんを支えていたのね……。
そして真瀬さんは、本の出版をきっかけに、『私も母の前では素直になれなくて』とか、『娘の夢をどう応援すべきか迷っていて』とか、いろいろな人から悩みを打ち明けられる機会が増えたと言っていたの。それは私も同じ! 真瀬さんと野際さんの母娘関係を知ったことが、娘の未来を考えたり母娘とのコミュニケーションを考えるきっかけになったの。まだまだ先だけど、いつか私も娘に今日の話を聞かせてあげたいわ。

 

【著書情報】

『母、野際陽子 81年のシナリオ』朝日新聞出版)

 

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